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展覧会等の滝行的巡行

「顔真卿 王羲之を超えた名筆」展(n.8/50)


ganshinkei.jp

何も知らない

 都内の地下鉄に顔真卿展が開催されると広告があり、興味を持ったのは、世界史を学んでいるときに「顔真卿」という名前があったことを微かに記憶していたからで、それ以上のことは、何も知らなかった。

 どのような経緯でその展覧会に行っているのかを残しておきたいと思うので、ここでは、いちいち知らない、知らない、と書いているが、それにしても、顔真卿のことは、途方もない日暮れのように展示されているものを知らなかった。

 言うまでもなく、そんな人間であっても、「顔真卿」と言われて、ひっかかるのだから、ビッグネームではあることは確かで、しかし、地味で閑散とした展覧会に違いないと思った。地下鉄の広告の前では、そう思っていた。

予想外の展開

 つまるところは、自分の無知ゆえということになるのだろうが、しかし、顔真卿展が地味で閑散とした展覧会どころではないと気づき、途方に暮れたのは、フェルメール展の帰りのことで、東京国立美術館に立ち寄ったときだった。

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 夜6時を過ぎているというのに、祭姪文稿を見るのに90分待ちになっていると掲示がされている。何が起こっているのかと驚いた。その後、調べてみると、顔真卿の代表作であるばかりでなく、歴代の皇帝が至宝としてきた、この祭姪文稿は、故宮博物館においてでさえ、ほとんど見ることができないものであって、これが海外で展示されることは奇跡に近く、そして、日本で展示されることが中国で論争含みの大きな話題になっていたことを知った。そして、こうした論争を経て、中国をはじめとする外国の人たちが押し寄せていたというわけだった。

まずは諦め、そして、諦める

 そうはいっても、まあ、いつか波は引くだろうと思って、ふらついていた。1月中は、別の展覧会を優先していた。

 が、春節の休暇を避けて早めに見に行くべきだったと後悔することになったのは、先週の日曜日のことで、昼前に東京国立博物館に赴いたところ、入館するのに70分、祭姪文稿を見るのに、120分という掲示がされていた。

 これを受けて、顔真卿展を見るのを諦めて、「奇想の系譜」展を見ることにしたものの、こうした情景を目の当たりにして、このままでは、見ることができないままに終わってしまうという危機感を覚え、そして、はじめて深刻になった。とはいえ、展覧会の終わりも間近。

 やばい、やばい、やばい、と考えて、いい年齢をした人間であるにもかかわらず、仕事を投げ捨て、木曜日、つまり、平日の午前中に休暇をとって見に行くことにしたのだった。しかし、このような背にも腹にも変えた決断にもかかわらず、なんと、9時30分に到着した時点において、すでに見たこともないような行列が出来ていた。

 この時点で、入館までの待ち時間が50分、祭姪文稿をみるまでの時間が70分。結局、海外からわざわざ日本にまでやってきて見ようという人たちが集結しているのだから、平日であろうが休日であろうが、混雑に関係がないということなのだった。

 そう、だから、午前中の休みしかとっていなかった脇の甘い自分は、祭姪文稿を見ることは諦めたのだった。

強い物語

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 これほど何度も足を運んだにもかかわらず、有名な祭姪文稿を見ることはできなかったものの、展示は、自分のような途方もない素人にとっても、とても面白かった。

 王羲之というレジェンドと格闘した書家たちの歴史がまず示され、その過程の最後に、顔真卿が姿を現し、王羲之を超えたとされる書家の生涯と共に各時期の作品が示されていく。その後、顔真卿を引き継いだ者たちの作品が示され、顔真卿が千年を超えて影響を及ぼす者であったことが明らかになる。

 何よりも印象的でフォーカスが当てられていたのは、もちろん、顔真卿の生涯とその作品であって、皇帝に仕え、左遷されながらも、安禄山の乱で名をあげ出世しながら、最後に反臣に捉えられて、皇帝に対する忠義を貫いて殺害される、という生涯の物語がともかく強い。物語の主音をなすのは、皇帝に対する忠義ということになるのだろうが、その物語を飾るような形で、祭姪文稿がおかれている。

 カタログでしか見ていないので実のところはよく分からないが、叛臣を討つために戦い殺害された甥を悼むために書かれた落ち着いた文字の連なりが、最後には、心の動きを示すかのようについに乱れて終わる、という作品は、あの展示の文脈におかれれば、なるほど、そうか、と凄まじい説得力を持ったに違いない。

 このように、顔真卿の物語は、確かに、ドラマチックであり、ある意味、分かりやすい。そして、良くも悪しくも、こうした強い物語は、どこかしらで、今のきわめて中央集権的な中国政府の政策に呼応するところもあるのかもしれないとも思う。

 それはそれとして、やはり面白いと思うのは、書について、まったく無知な人間であっても、漢字を用いる者としての好みがそれとなくあるということであり、顔真卿のしっかりとした、いくらか丸っこい字よりも、それ以前の少し神経質な雰囲気を漂わせる欧陽詢の書体のほうが自分としては好きだったし、もっとも言えば、ひらがなを用いる日本の、例えば、嵯峨天皇藤原行成の字のほうがしっくりというところがあったということだ。こんなことをいうと、叱られるのであろうが、なんというか、顔真卿の字の押し出しの強さは、ひらがなに慣れた目からすると、剛直すぎるところがあって、胸焼けしなくもない。そして、小声でいうが、顔真卿の物語もまた、軟弱な自分にとっては、そうだったのかもしれないと思う。

「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」(n.7/50)

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出会いはままならない

 日本美術史のことは何も分からない。

 分からないものの、自分は日本に身をおいているので、地産地消ではないが、いいものが一番見れる環境にいるのではないかと勝手に考えて、何はともあれ、昨年から日本美術を少しずつ見ることを始めているが、その今、「奇想の系譜展」にいくのは、良いのか悪いのかは分からない。

 分からないというのは、この展覧会のもとになった『奇想の系譜』という評論集がそれまでの美術の中で、軽んじられていた作家たちの再評価ないし再発見を行ったということなのだから、この展覧会は、基礎を飛ばして、応用編ないし発展編ということになるのだが、自分には、基礎がない。

 最初は、無理をせずに、俵屋宗達やら尾形光琳やら狩野永徳やら円山応挙やらから始めるのがいいのではないかと思うが、まあ、そうは言っても、出会いというのはままならない。今は、ともかく手当たり次第に見ていくしかない。

分かると分からない

 そうはいっても、今回は、『奇想の系譜』を読んでから展覧会に赴いたので、どういう趣旨でおかれているのかは、一応分かる。真ん中に岩佐又兵衛曾我蕭白がおかれ、その脇を若冲や芦雪、山雪、国芳が固め、その他注目すべき作家という布陣になっているのだろう。

honto.jp

 問題は、日本美術史の流れの「本流」からすると、どのくらい離れていて、エキセントリックなのかということで、例えば、狩野山雪の作品について、「巨木の痙攣」という言葉で、そのアクの強さが強調されても、まったく目ができていない者としては、日本絵画では、このくらいデフォルメされて枝が曲がっているものなのではないかと思ってしまったりもする。

 もちろん、『奇想の系譜』では、そのあたりも配慮されていて、これを読むと、例えば、若冲の鶏について、庭に鶏を解き放って、それを観察したといいながら、実のところ、かなり実物とは異なる形をしているという指摘等があって、なるほど、「奇想」の作家とは、つまり、世界を写しとる鏡として絵画から溢れ出てしまう何かしらを描いてしまった作家や自らが身をおいていたはずの伝統から外れてしまった作家ということになり、それがアクの強さと評価されているのだろうと見当はつく。そして、それをフックにして、日本美術史を反転させたところに、『奇想の系譜』の新しさがあったということになるのだろうかなどと考えてみたりもするが、しかし、ともかく、本道が分からないのだから、反転も横転もなく、自分は、七転八倒しながら、ただただ見ているということになる。

 それでも、面白いと思うのは、例えば、長澤芦雪の作品が垣間見せる子犬や猿やナメクジやの絵で、それは、もちろん、立派な表現なのだろうが、落書きにも似た悪ふざけめいたところもあり、つまり、「その人」の目配せを感じさせる。そういうのは、どういうわけなのか、分かる。

 いずれにせよ、今は、まあ、ともかく、そういう時期ということだ。

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 ところで、この展覧会の図録は、傍らにおいて『奇想の系譜』を読むには、素晴らしい出来だった。

 

 

新・北斎展(n.6/50)

hokusai2019.jp

 そもそもは、現代美術に興味があり、その限りにおいて、展覧会に行っていたのだが、それでは広がる世界も広がらないし、もしかしたら、興味をもつこともあるかもしれないと考えて、おぼつかない足取りで、フェルメール展に行き、北斎展に行く。

 浮世絵といえば、北斎北斎、といえば、富嶽三十六景

 そのくらいしか思いつかない自分としては、これまで見ることができなかった作品がおかれているといっても、そもそも、それらをどのように何処におけばよいのか、さっぱり分からない。

 しかし、そういう自分にとっても、今回の展示はとても親切で、北斎の最初から最後までを説明つきでしっかりと見せてくれた。濫作、という言葉があるのかないのか分からないが、むやみやたらと作品を作り出し、生涯に何度もスタイルを変え、絵に溺れて死んでいった人の生涯の歩みを澱みなくすっきりと見せてくれた。

冨安由真 Making All Things Equal/ The Sleepwalkers展(n.5/50)

bijutsutecho.com

「ある」と「ない」のはざま

 あらためて指摘するまでもないのだろうが、何かしらが「ある」と述べるとき、人は、一定の形式を前提として「ある」と述べ、それから外れた何かしらについて、「ない」ものとして済ます傾向がある。

 例えば、ハイデガーは、一定の形式をもつ「ある」を語って、それ以外のものについては取り扱うことを止めにした。これに対して、そのような形式をもたない「ある」を「ない」ものとして扱っているのではないかとレヴィナスが批判した。

 こうした批判が功を奏したのか、ここしばらくのところは、「ある」と「ない」を明確に区別して、「ある」ものは「ある」、「ない」ものは「ない」と同語反復的に語るとき、人は、何かを捨てて語っているのではないか、そこには危うさがあるのではないかと問われるようになってきた。この問いは、社会的に共有されつつあるようにも思う。

 言うまでもなく、このところの現代美術の作家たちもまた、そうした指と指の間からこぼれ落ちてしまうものに焦点を当てることが多い。そして、冨安由真の「Making All Things Equal/ The Sleepwalkers」展におかれた作品もまた、そうした文脈にあるものとして自分は捉えた。

 つまり、作品が指さしている心霊とは、「ある」と「ない」という対立では捉えることができない形式において、「ある」とされているものだが、しかし、そうした「ある」と「ない」のはざまにあるものをどのように掬い上げることができるのか。そうした問いがあるのだろうと考えた。

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 その上で、自分が興味を持ったのは、「ない」ものを「ある」ものとして指差すため、具体の表現をどうしているのかということで、作品では、その解決策として、まず、音であり消滅する電灯であり鏡であり壁から起立する椅子であり死んでもなお美しさを喪わない蝶の死骸である物たちが召喚されていた。これは昔ながらのお化け屋敷の手法といえば、そこに落ち着くのかもしれないが、これはこれで悪くない。不穏な空気が漂う部屋。

 が、自分がもっとも感心したのは、部屋が木枠で構成されているところだった。木枠だけにして壁がない部屋とは、つまり、そこを訪れた者が壁を抜けることができるということであり、また、壁によって妨げられるべき視線が妨げられないということである。ここがお化け屋敷とは大いに異なるところ。お化け屋敷は、視界を限定する。しかし、この作品は、視界を限定せずに全てが全て見渡せるような、見渡せないような構成を採用する。

 このように構成された部屋に身をおくとき、私達のからだは、普段の物理的制約から少し離れることになり、なかば心霊化することになる。実体があるはずの自分のからだが「ない」のほうに傾く。木枠には、そういう効果があり、これは、実に成功している。そして、見られる客体ではなく見る主体を心霊化するという意味で、これは、新しい表現であったように思う。

 

ソフィ カル 限局性激痛展(n.5/50)

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 不意の休暇

 不意に仕事が空いてしまったので、休暇をとる。何をしようかと考えて、ソフィ・カルの展覧会に行くことを思いつく。

 ソフィ・カルといえば、盲目になった人たちが語る最後の光景と初めて海を見る人たちの姿を題材にとった「ソフィ・カル 最後のとき/最初のとき」展に行っている。

 初めて海を見る人たちの姿を映像にした作品は、アイデアとしては面白いと思った。実際に、そのような人を見つけ、連れていくのも、さすがだと思った。しかし、作品としては、正直、それほど成功していなかった。そういう記憶がある。

 他方、写真と盲目になった人たちの言葉で構成された一連の作品は、とても興味深かった。盲目になった人が最後に見たものについて語った記録とそれを彷彿とさせる写真が掲げられているだけのシンプルな構成だったが、それぞれの物語の強さがダイレクトに伝わる作品として成功していた。

 翻って考えれば、映像の作品は、海を初めて見るという、クリシェとしての物語の強さほどまでは、それぞれの題材となった人たちの物語が強く示されていなかったため、それほど良いとは思わなかったのだろう。海を初めて見るまでの、それぞれの人の物語がやや希薄だった。

www.art-it.asia

 もうひとつ思い出すのは、ポール・オースターの小説『リヴァイアサン』のこと。

 あの小説の中で、自分を尾行させる女の人が出てきたが、ソフィ・カルは、そのモデルである。『リヴァイアサン』がどのようなあらすじだったかを忘れてしまった一方で、あのエピソードは、今でもよく憶えている。そして、その後、ソフィ・カルを知って、「ああ、あの登場人物か」と思い出した。そうしたことをよく憶えている。そのような強い印象を与えていることからすると、実物は、見たことはないのだが、母親に探偵を雇わせて、自分を尾行させたという、そもそもの作品の強度は、かなりのものだったに違いないと想像する。

honto.jp

 針と布

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 では、「限局性激痛」はどうだったか。結論を先にいえば、とても良かった。

1984年、私は日本に三ヶ月滞在できる奨学金を得た。10月25日に出発した時は、この日が九十二日間のカウントダウンへの始まりになるとは思いもよらなかった。その果てに待っていたのはありふれた別れなのだが、とはいえ、私にとってそれは人生で最大の苦しみだった。 (『限局性激痛』から引用)

 まず、旅が始まるまでの経緯が語られる。

 旅は、望んだものではなかったが、それでも、彼女が旅立ったことが語られ、旅の記録が開始される。彼女は、パリから恐らくシベリア鉄道に乗って北京経由で日本にたどり着く。そして、恋人からの手紙と再会を待つだけのための時間つぶしとしての日本の滞在が示されることになる。

 記録はなかば私信であるかのように装われ、また、実際の私信が挟み込まれることもある。写真をみれば、被写体とカメラの関係は親しい。ごくごく私的なサークルのなかで見ることが予定されているような写真ばかりだ。だから、見る者は、あたかも他人の私室を覗き込むような後ろめたさを感じつつ、下世話な好奇心に身を委ね、彼女の無邪気なカウントダウンを追体験していく。

 そして、恋人との再会のため、彼女は、デリーのホテルに向かう。我々は、原美術館の階段を登る。彼女は、デリーのホテルの一室で恋人からのメッセージを受け取り、恋人に連絡をとる。我々は、そうであったはずのホテルの部屋を覗き込む。ベッドのうえに置き去りにされた赤い電話のことを不可解に思いながら、次の部屋に移る。

 次の部屋からのことについては、細かい描写はしない。ただただ素晴らしい。とてもとても良いので、実際に見に行ってほしい。

 彼女に固有の痛みの物語が他者の痛みの物語に挟み込まれ、次第に相対化され簡潔になっていく。この痛みの変容が具体の文字によって示しているところが素晴らしい。他者の痛みの物語に日付が付され、布にはっきりと縫い込まれ、もう消すことができないものとして示しているところが素晴らしい。

 いや、何よりも、この作品のポイントは、それぞれの痛みを針が布を刺し文字が縫い込まれる過程として示しているところ。痛みの有り様をこのように表現し、さらに、自己の薄れゆく痛みの記憶と時間によっても薄れることがない他者の痛みを対比させてみせる、この表現は鮮烈で強い。見てよかった。19年の歳月を経て、「再演」してくれた原美術館に感謝している。 

東京国立博物館(n.4/50)

余白の時間

 フェルメール展の入場券は、入場できる時間が指定されており、先週、券を購入しようとしたところ、残されていたのは、17時から18時30分以降のカテゴリーの券だけだった。そうであれば、絵を見てから、御徒町にある羊料理の店で夕食をとればよい。そう考えた。

 その時点で、いつも混んでいる羊料理の店の予約をとれば良かったのだが、結局、予約をとったのが展覧会に行くことになっている日の昼すぎ。希望では、19時の予約であったが、その時間帯は全て埋まっており、20時からの予約になってしまう。

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 展示を見終えてもまだ1時間ほどの時間が残っている。妻と娘は、星が見えない、月は見えると呑気なことを言っているが、まだまだ時間はある。せっかくならば、早足で東京国立博物館に向かう。

 日が暮れてから行ったのは初めてだったけれど、上野公園から眺めた東京国立博物館の姿は、思いのほか綺麗だった。博物館へと連なる街灯は宙に漂い、広々とした大通りは東京とは思えない。

 しかし、いわゆるオタ芸の練習をする若者のグループが3つほどあり、やはり東京であると思い直す。そういえば、上野までには、秋葉原も近い。

 https://www.instagram.com/p/Bs0PKtQA8J3FQFzS64GbFMyyCTNW-gasw-_WK80/

 平成館で開催されている顔真卿展に興味があったものの、残されている時間は小1時間程度。全てをみるには、時間が全く足りない。

 なお、19時すぎだというのに「祭姪文稿」の展示をみるには、90分待ちという恐ろしいことが起こっていた。何が起こっているのだろう?

夜の博物館 

 https://www.instagram.com/p/Bs0PZkEAquv2P18zq3FDpp4wvuHzOe269p3mSQ0/

 そもそも夜の美術館は、謎めいて感じられる。闇の効果もあるのか、単純なはずの部屋の連なりが迷路のように感じられる。2階から3階に降りる階段には、誰もいないのになにかの影が彷徨っているかのような雰囲気だ。

 部屋に入れば、人影がほとんどないということの効果もあるのか、展示物そのものの存在感が増している。見る者としての自分が主体として振る舞っていたはずなのに、いつしか、展示物それぞれの中に降り積もった長い時間の堆積が主となり、こちらが客に回り込み、自分の存在が揺らぐ。そんな不思議な感じ襲われる。

  https://www.instagram.com/p/Bs0Pcg1gIRwhNPXn9EzkFBV8sMvKy9f8s99qGI0/

 夜の東京国立博物館がこんなに良いものだとは思わなかった。

 あっという間に時間がきてしまう。後ろ髪を引かれる。

tabelog.com

フェルメール展(n.3/50)

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何はともあれ

https://www.instagram.com/p/Bs0O-pogEIviGh4EjqXZTeFyx1d9hJ1fE0Hzpo0/ 

 展覧会にいくのに、立ち位置も何もないし、好きなように好きに見ればいいとは思うのだけれど、前提となる知識がほとんどなく文脈も分からないという場合、どういう立ち位置で自分は見にいくのだろう、と、何はともあれ思う。つまり、自分が見ようとしている対象と自分との関係性が希薄なので、どのように作品と対面してよいのかが分からないのだ。

 フェルメールについても、正直にいえば、よく分からない。しかし、かのフェルメールの作品が8点も来ているということであれば、やはり見ておきたい。自分と対象との関係性については、ペンディングにして、何はともあれ、展覧会に向かう。

関係性を模索する

 まずは、乏しいながらも、過去に見たことがある絵画との関係を模索してみる。

 前半の風景画の部屋にあった『宿屋デ・クローンの外』が2018年にあった東京都立美術館のバベルの塔展の数々の風俗画の写実性を思い出させ、静物画の『野ウサギの狩りの獲物』が2017年にあった国立西洋美術館のアルチンボルト展にあった獲物を描いた細密画を思い出させる。

 前者は、初期フランドル派とオランダ絵画の黄金時代との関係で、何らかの関係があるのかもしれないが、後者は、16世紀のウィーンとプラハで活躍したイタリアの作家なので、何の関係もないのかもしれない。そこで行き止まる。

 時代から考えてみる。そういえば、バロックの時代。

 バロックといえば、ルーベンス

 ルーベンス展がちょうど国立西洋美術館で開催されているのは、何かの符牒なのだろうかと考える。とはいえ、いかにも歪んだ真珠を思わせるルーベンスの騒々しさとは異なって、これらの作品は、控えめで大人しく几帳面。演技がかったところがあるにはあるが、それでも、はにかんだようなところがある。こういった几帳面さは、嫌いではない。

 が、にわかには、自分の中に落とし込まれる何かしらの関係は見いだせない。単に、ルーベンスが苦手ということなのだろう。

見出された関係性

 そして、フェルメールの部屋に入る。

 時間入場制をとるだけあって、部屋には、かなりの人がいる。絵画の前に近づこうとすると、人をかき分けるような形になる。自分と同じく、35枚中の8枚、ということで訪れたのだろうか。それとも、その人なりに見出された関係の中で、フェルメールに対面しているのだろうか。

 自分は遠目に見るほうがむしろ好きなので、そんなに近づいてみる必要を感じない。細かいタッチを問題とするほどのところまではたどり着いていない。

 が、娘は大丈夫だろうかと不安になる。大人たちの背に隠れて、見ることができないのではないかと心配する。しかし、子供は子供で、小さなからだでさりげなく割り込んでいく。親の心配はだいたい無駄に終わる。

 順次見てく。『手紙を書く女』、『ワイングラス』、そして、『牛乳を注ぐ女』は、素晴らしい。何も知らない自分であっても、納得させられる。何を納得しているのかはよく分からないが、展覧会のクライマックスをしっかりと受け止めた上で、なお余韻を残すというべきか。ともかく、納得する。

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 「真珠の首飾りの女』を見ていると、不意に何処かでみたような…と何かを思い出す。そう、少し霞んだ光の感じがハンマースホイに似ている。ハンマースホイが北欧のフェルメールと呼ばれる理由も分かる。

 ここに、個人的なひっかかりが生まれた。フェルメールの何を見ていたかといえば、結局、そこになった。光のあの感じがここにあり、あそこにもある、でも、これにはない、という見方。

 今後、自分にとっては、フェルメールは、ハンマースホイとの関係で見ることになり、ハンマースホイとの距離を測ることになるのではないか。正統な見方ではないのだろうが、自分にとって、フェルメールはそれでよい。

*もっとも、帰宅して調べると、下のような記事もあり、それはそう、と思う。

 ただ、ハンマースホイフェルメールに喩えるのは、それぞれ全く別の作家であり、別の魅力があるということを前提とした、なかば遊びのような修辞といった面は強いのではないかと思う。少なくとも、自分はそうだ。

www.vilhelmhammershoi.net

 「牛乳」と略される

 それはそれとして、会場では、『牛乳を注ぐ女』が「牛乳」と約されることが多く、「牛乳、見終わったの?」だとか「牛乳、すごいね」だとか、囁かれているのを耳にすることが多かった。妻も「牛乳の人形、おいてある」と「牛乳」の格好をさせられたミッフィー人形を指さしていた。

www.dickbruna.jp