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展覧会等の滝行的巡行

フェルメール展(n.3/50)

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何はともあれ

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 展覧会にいくのに、立ち位置も何もないし、好きなように好きに見ればいいとは思うのだけれど、前提となる知識がほとんどなく文脈も分からないという場合、どういう立ち位置で自分は見にいくのだろう、と、何はともあれ思う。つまり、自分が見ようとしている対象と自分との関係性が希薄なので、どのように作品と対面してよいのかが分からないのだ。

 フェルメールについても、正直にいえば、よく分からない。しかし、かのフェルメールの作品が8点も来ているということであれば、やはり見ておきたい。自分と対象との関係性については、ペンディングにして、何はともあれ、展覧会に向かう。

関係性を模索する

 まずは、乏しいながらも、過去に見たことがある絵画との関係を模索してみる。

 前半の風景画の部屋にあった『宿屋デ・クローンの外』が2018年にあった東京都立美術館のバベルの塔展の数々の風俗画の写実性を思い出させ、静物画の『野ウサギの狩りの獲物』が2017年にあった国立西洋美術館のアルチンボルト展にあった獲物を描いた細密画を思い出させる。

 前者は、初期フランドル派とオランダ絵画の黄金時代との関係で、何らかの関係があるのかもしれないが、後者は、16世紀のウィーンとプラハで活躍したイタリアの作家なので、何の関係もないのかもしれない。そこで行き止まる。

 時代から考えてみる。そういえば、バロックの時代。

 バロックといえば、ルーベンス

 ルーベンス展がちょうど国立西洋美術館で開催されているのは、何かの符牒なのだろうかと考える。とはいえ、いかにも歪んだ真珠を思わせるルーベンスの騒々しさとは異なって、これらの作品は、控えめで大人しく几帳面。演技がかったところがあるにはあるが、それでも、はにかんだようなところがある。こういった几帳面さは、嫌いではない。

 が、にわかには、自分の中に落とし込まれる何かしらの関係は見いだせない。単に、ルーベンスが苦手ということなのだろう。

見出された関係性

 そして、フェルメールの部屋に入る。

 時間入場制をとるだけあって、部屋には、かなりの人がいる。絵画の前に近づこうとすると、人をかき分けるような形になる。自分と同じく、35枚中の8枚、ということで訪れたのだろうか。それとも、その人なりに見出された関係の中で、フェルメールに対面しているのだろうか。

 自分は遠目に見るほうがむしろ好きなので、そんなに近づいてみる必要を感じない。細かいタッチを問題とするほどのところまではたどり着いていない。

 が、娘は大丈夫だろうかと不安になる。大人たちの背に隠れて、見ることができないのではないかと心配する。しかし、子供は子供で、小さなからだでさりげなく割り込んでいく。親の心配はだいたい無駄に終わる。

 順次見てく。『手紙を書く女』、『ワイングラス』、そして、『牛乳を注ぐ女』は、素晴らしい。何も知らない自分であっても、納得させられる。何を納得しているのかはよく分からないが、展覧会のクライマックスをしっかりと受け止めた上で、なお余韻を残すというべきか。ともかく、納得する。

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 「真珠の首飾りの女』を見ていると、不意に何処かでみたような…と何かを思い出す。そう、少し霞んだ光の感じがハンマースホイに似ている。ハンマースホイが北欧のフェルメールと呼ばれる理由も分かる。

 ここに、個人的なひっかかりが生まれた。フェルメールの何を見ていたかといえば、結局、そこになった。光のあの感じがここにあり、あそこにもある、でも、これにはない、という見方。

 今後、自分にとっては、フェルメールは、ハンマースホイとの関係で見ることになり、ハンマースホイとの距離を測ることになるのではないか。正統な見方ではないのだろうが、自分にとって、フェルメールはそれでよい。

*もっとも、帰宅して調べると、下のような記事もあり、それはそう、と思う。

 ただ、ハンマースホイフェルメールに喩えるのは、それぞれ全く別の作家であり、別の魅力があるということを前提とした、なかば遊びのような修辞といった面は強いのではないかと思う。少なくとも、自分はそうだ。

www.vilhelmhammershoi.net

 「牛乳」と略される

 それはそれとして、会場では、『牛乳を注ぐ女』が「牛乳」と約されることが多く、「牛乳、見終わったの?」だとか「牛乳、すごいね」だとか、囁かれているのを耳にすることが多かった。妻も「牛乳の人形、おいてある」と「牛乳」の格好をさせられたミッフィー人形を指さしていた。

www.dickbruna.jp